CoffeeMilk-crazy

ドイツ帝国×日本
日本さんが憲法を作るためプロイセンに留学していた頃の話です。
ドイツはまだ出来たばかり(生まれたばかり)で、大体見た目年齢は10歳前後という設定です。


静寂の中、時計の音だけが響き渡る。
「…そろそろ寝ましょうか」
時計の針はとうに十一時を過ぎていた。
日本は辞書を閉じ、書きかけの手紙を仕舞った。
手紙はドイツ語の勉強のために、誰に出す宛ても無く書いたものだ。
以前ドイツ語を覚えるのにプロイセンから勧められた方法のひとつである。
服を脱いで寝巻きに着替える。
普段は洋服で過ごしているが、誰に姿を見せる訳でもない夜は家から持ってきた浴衣を着て眠ることにしていた。
燭台の蝋燭の灯を消してベッドのシーツをめくり、中に入ろうとすると、何か大きいものにぶつかる。
「え?あ、ああ…」
一瞬驚いたが思い出した。
それはドイツだ。
最近日本史を勉強したいと言ってやたらと部屋に来るようになっていた。
どうやらプロイセンからそう言い付けられていたらしい。
でも、単にプロイセンから言われたからだけではなく最近は自分から積極的に日本史を学びに来てくれていたことを思い出し、日本は嬉しくてにこりと笑った。
今日も夕食後に日本史の本を読みに日本の部屋に来ていたのだが、本を読んでいる途中で眠ってしまったのでのだった。
ドイツの部屋まで抱きかかえて連れて行くのは流石に辛かったので、自分のベッドに寝かせておいたのを今まで忘れていたのだ。
「………」
普段眉間を寄せて口を一文字に結んで、精一杯に背伸びをしているドイツがあどけない表情と無防備な姿で眠っているのを見ていると、つい口の端が緩んでくる。
日本はこらえきれなくなってくすっと笑い、ドイツを起こさぬようにゆっくりこっそりとベッドに潜り込んだ。
日本ではよくある光景。
親と子、祖父母と孫が一緒に眠るのと同じ事だ。
そんな感覚で、ドイツと褥を共にした。



夜中にドイツは目を覚まして驚いた。
日本の部屋で日本史の勉強をしていたはずなのに、自分は日本と同じベッドで眠っていたのだから。
「……!! 」
欧州では子供が親や祖父母と同じ床に着いて眠ることはありえない。
赤ん坊の頃から誰もが一人で寝室で眠ることが決められているのだ。
欧州で褥を共にするのは事実上夫婦のみなのだ。
「………」
ドイツは幼い頭で一生懸命考えた。
多分自分は日本の部屋で勉強をしている最中に眠ってしまったのだろう。
そして日本が自分のベッドに寝かせたのだろう。
「………」
何故そんなことをするのだろう。
眠ってしまった事は不覚だったが、起こしてくれればちゃんと自分の部屋に戻ったのに。
そんな事を考えていると、暗闇の中を不意に日本の腕が伸びてドイツを抱きしめた。
「ぅわぁぁぁぁ!! 」
日本の腕がドイツの背中に回る。
「……っ!」
目の前まで日本の顔が近づき、寝息が顔にかかる。
月明かりに照らされた日本の寝顔がなぜか扇情的に目に映り、ドイツはどうしたらいいのか分からなくなる。
「………」
そうだ。
日本は男なのだ。
だからそんなに気にすることは無いのだ。
今更ながら気がついてそう思おうとするが、「同じベッドで眠るのは夫婦のみ」と言う思い込みも有り、ドイツは日本のことを単なる「志を共にする同性」と考えられずにいた。
別に日本の見た目が女性的という訳ではない。
ただ、普段からの細やかな気遣いや物腰が周りにいるゲルマン女性よりも優しく柔らかく、ドイツにとって心地よかったと言うのは有った。
日本が女性なら良かったのに…。
何度もそう思ったことがあった。
「…日本…?起きてるのか…?」
ぐっすりと眠っていることを確認しつつおそるおそる声をかけてみた。
勿論日本は眠っている。
どきん、どきん、と心臓が大きく鼓動を打つ。
日本は何を思って自分と同じベッドに寝ているのか…。
もしかして、それは自分と同じ気持ちなのか。
否、「もしかして」ではなく「きっと」同じなのだ。
日本は男性だからドイツの妻になることは出来ないが、そうなりたいときっと日本も思っているに違いない。
だから自分と同じベッドで寝ているのだ。
そんな風に自分の都合のいいように思い込み、ドイツは意を決して上半身を起こした。
そしてゆっくりと日本の顔に己の顔を近づけて行く。
「ん……」
少し乾いた唇に己の唇を重ねる。
でもその先はどうすればいいか分からなくて、ドイツはすぐに唇を離した。
ズキン、ズキン…
身体が心臓になってしまったのではないかと思うほど鼓動が体中に響き、頭がクラクラする。
寝ている相手への不埒な行為に罪悪感で胸の奥が鈍く重く痛んだが、それよりも性への好奇心と欲望が勝り、それらがゆっくりとドイツの背中を押した。
「…日本…」
こみ上げる気持ちをぐっと抑えて、ゆっくりと耳元でそう囁いた。
「…ん…っ」
日本の眉間に一瞬皺が寄る。
「…is nutteloos…(だめですよ)」
ドイツは飛び上がりそうになるほど驚いた。
もしかして本当は日本は起きていて、わざと自分にされるがままになっていたのかと思ったが、どうやら今のは寝言のようだ。
「………」
しかし寝言でドイツ語が出るとは思っていなかった。
「………?」
否、今のはドイツ語ではない。
「……Ik ga vroeg naar bed zo druk morgen(明日は忙しいので早く寝ましょう)…」
そう言って日本はドイツに背中を向けた。
今のはオランダ語だ。
それもかなり流暢で、慣れた話し方だった。
「………っ」
日本が欧州で唯一オランダとだけ二百年以上交易をしていたことはドイツも知っている。
だから日本にとってオランダ語が慣れ親しんだものであってもそれは何もおかしくは無い。
おかしくは無いが、このタイミングで他国の言葉を話すところを見てしまって、ドイツは憑物が落ちたように呆然としてしまった。
ベッドから降り、日本の寝室を出る。
真夜中の廊下は怖かったが、今のドイツにとってそんなことは些細なことだった。
…胸が重い。
痛い。
苦しい。
あの、ゲルマンの品格など微塵も感じさせない強欲な商人のオランダが日本とどのような仲だったのか…。
それを考えると、居ても立ってもいられない気持ちになる。
しかしだからといってどうすればいいのか、どうしたいのかも分からず、兎に角自分の部屋に戻って冷たいベッドにもぐりこんだ。
「……そうだ」
明日、直接日本に聞いてみよう。
日本があんな下品な男と親密な関係になるはずが無い。
オランダだってそうだ。
あの男にとって日本は積み上げられた金貨にしか見えてなかったはずだ。
そう思い込むことでドイツは平静を保とうと必死になった。
――早く朝になれ。
眠れない夜、朝まではまだまだ長い。


【Das Ende】