FETHER TOUCH OPERATION 3


さて、どうするべきか…
伏目がちに目を泳がせる日本。その横には台湾、目の前にはフランスが居る。
「……えぇと…」
どうしてこうなった…。
誰が悪いというわけではない。
小さなアクシデントが重なってしまった結果なのだ。
「可愛いお嬢さんとのデートを邪魔するなんてお兄さんの主義に反するからね、今日は帰るわ」
そうさらりと言うフランスを、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で見上げる日本。
「その代わり、来週発売の魔法少女マナカマリカの限定フィギュア、お兄さんの分も買っておいてねっ」
ウインクしながらわざと台湾に聞こえるようにフランスが日本に耳打ちする。
「では良い週末を」
そういってステップを踏むように踵を返した。
「アデュー」
振り返ってそう挨拶し、投げキッスを飛ばす。
「あ、あの、…フランスさ…」
その軽やかな身の引きように半分あっけに取られ、半分見とれている間にフランスが乗ってきたプジョーは既に発進し、角を曲がって見えなくなっていた。
「…ぁ……」
落ち込み気味の日本の背後からから「わっ!」と台湾が驚かす。
「フランスさん、いい人ダネ」
少し眉を寄せて笑うその表情に、やるせない気持ちが読み取れる。
「あんなにいい人が譲ってくれた時間ダカラ、沈んでたらバチが当たるヨ!いっぱいいっぱい楽しもうね!」
その前向きな言葉に、日本はくすっと笑って「そうですね」と答えた。
八方美人で、かと言って人付き合いが上手いわけでもなく、どうすればいいか考えれば考えるほど身動きが取れなくなる自分の性格はよくわかっている。
彼女を育てたのは自分だが、そんなネガティブな性格が似なくてよかったと、心底そう思う。
「では行きましょうか…。今日はどこに行きます?ディスティニーランドに新しいアトラクションが出来たようですよ?」
駅に向かって歩きながら、台湾に行きたいところを聞いてみる。
「ディスティニーランドは香港の家にもあるからいいヨ。今日はねー、聖リオピュアランドに行きたいヨ!キディちゃんのパレードが見たいの」
聖リオピュアランドは、日本が作り出した世界中で愛されている猫キャラクター「キディ」がメインのテーマパークである。
元々は子供向けキャラクターだったが、今では世界中で年齢は関係なく愛されている。
台湾も例外ではなく、キャラクターグッズの販売のみにとどまらず、キディカフェやキディレストラン、室内全てがキディちゃんのホテルやレンタルハウス、果ては病院まで存在しているキディフリークなのだ。

アメリカ出資のデスティニーランドはアメリカ、日本、香港、フランスに在るが、聖リオピュアランドは日本にしかない。
(中国に似たものが出来るという噂はあるが、日本は許可した覚えは全くない)
だから日本に来たならピュアランドに行きたいと言う気持ちもよくわかる。
「じゃあ、今日はパレードまで頑張りましょうか」
日本がそう言ってくすっと笑うと
「日本さんお爺さんみたいだネー」
と返された。



フランスがデートのお誘いをツイッターのリプライで行ったことが発端だった。
「来週の日曜に遊びに行ってもいい?」と日本にリプライした。
日本はまだ予定が不安定だったため「駄目だったらまた連絡しますね」とフランスにリプライした。
しかしその後台湾から、来週は木曜日からバレーボールアジア大会で日本に行くのでお互い試合のない日曜日は一緒に出かけようと電話がかかってきた。
既にバレーボールの大会で台湾がこちらに来る事は決まっているし、その最中に誘いを断ってフランスと遊びに行くのも悪い気がしたので今回は台湾との約束を優先し、フランスには別の日に約束をしようと思い、再度ツイッターでそうリプライした。
しかしツイッターの調子が悪く、フランスは日本のリプライを取得する事が出来なかった為、「来週の日曜日」の約束は成立したと思い込んでいたのだ。
そして再度リプライで「日曜日はお昼前にそっちにつくように行くね」と日本に送ったが、日本は忙しくて暫くツイッターにログインしていなかった為、そのリプライに気が付かなかったのである。
…そして冒頭のダブルブッキング。
約束事はちゃんとメール化電話で確認をする。
それが今回の教訓だ。
「………」
楽しいはずの台湾とのデートだが、日本はどうしても胸の奥の鈍い痛みを忘れる事が出来なかった。



「さて、どうしたモンかな」
フランスはプジョーをコインパーキングに預けて、焼きたてパンの店でメロンマンナの顔をモチーフにしたメロンパンとカフェオレを買い、その店のカフェで情報誌を開いた。
カフェの外をちらりと見ると、幼い女の子を含めた家族連れが目立つ。
後は女性数人のグループと、たまにカップルもいる。
行く先は皆ほぼ同じ方向、聖リオピュアランドだ。
今フランスがいるカフェは聖リオピュアランドのすぐ近くにある。
ピュアランドでは学生たちの春休み中である来週末まで期間限定で桜祭りが行われているのだった。
キディとその仲間たちが、ステージでは桜の模様の着物や着物ドレスを着て踊り、夜は花魁道中を模した夜桜パレードが行われていると言う。
「………」
日本文化が大好きなフランスはキディも大好きだった。
パリのとある有名なアクセサリーブランドがキディをモチーフにした高級アクセサリーをデザインしたところ、世界中のセレブなキディファンに大受けしたし、キディを刻印した記念金貨まで発行しているほどのキディマニアだ。
しかしいくら外国からの観光客と言っても男一人でピュアランドに入るのは少し抵抗がある。
…さてどうしたものか。
やはりここはキディラーの若い女性グループをナンパして同行するのが一番無難だろう。
そう思って店を出て、適当な女性グループを探していると、近くの歩道の並木辺りから場違いなオーラが漏れている事に気付いた。
「何だ?このほのぼのとした風景を捻じ曲げるようなオーラは…」
視線の先には小柄な、男性とも女性ともつかない黒く長い髪の人物が鼻歌を歌いながら軽やかな足取りでピュアランドの方に向かっていた。
こういう所に来る客は、家族連れにしろ女性グループにしろ、カップルなら尚更、それなりに小奇麗な格好をしているものだが、その人物は胸元に何かのキャラクターをプリントした白いシャツと赤いパーカーにくたびれたジーンズとパチモン臭いブランド物のバスケットシューズと言う出で立ちだ。
「………」
フランスはその人物の後ろに回りこんだ
「…あぁ、キディちゃん可愛いあるーぅ!我のところのシナティちゃんも可愛いけどまたアレはアレで別腹あるなぁ〜。あーキディちゃんも我の家に来ればいいのにあるー」
恍惚の表情でピュアランドのゲートを眺めているその人物には見覚えがある。
少し不気味ではあったが、知り合いなのに声をかけないのも何となく失礼な気もしなくは無かったし、これ以上ピュアランドの前で変なオーラを巻き散らかされたくも無かったので声をかけてみた。
「何やってんだ?中国ー」
「おわぁぁぁぁああああ!な、なにあるか!?」
ただ事ではないリアクションと共に中国が振り向いた。
「…なっ!…ほ、…法国あるか!?…びっくりさせんなある!」
驚いたのはこっちの方だと言いたかったが、どうやら中国も聖リオピュアランドに行く所だったようなので、一緒に行こうと誘う事にした。(ちなみにシャツのプリントは中国の家の「シナティちゃん」のイラストだった)
「…え?我と一緒に行くあるか?……まぁそうあるなぁ…、…うん、行ってやってもいいヨロシ」
中国の方も男二人で子供向け遊園地に行くのはちょっと気が引けたようではあるが、一人よりはましかもしれないと思い直したようだ。
「でもおめーの方が年下だけど、我はおめーに奢る気は更々ねーあるからそこんとこちゃんと理解しておくヨロシ」
「…はいはい」
フランスは小さくため息をついて中国と共にゲートに向かった。



聖リオピュアランドは全天候型のアミューズメントパークで、ランド内には幾つものシアターがあり、そこでは聖リオのキャラクターだけではなく、盛り沢山のエンターティナーがダンスやミュージカル、マジックや大道芸などを披露してくれる。
更に広場では聖リオのキャラクターたちとフレンドリーに触れ合う事が出来る。
キャラクターたちは進んで子供たちの手をとり頭を撫でて抱き上げる。
ただ、アトラクションは子供向けで、絶叫マシーン等のような怖いものも身長制限があるものも無いので、大きなお友達には少し不満があるかもしれないが、その辺もほのぼのとした聖リオの世界観が計算されて表現されているのだ。
園内はそんなに広くは無いが、幾つかのシアターを巡り、キディちゃんの家に遊びに行って一緒に写真を撮り、アトラクションを一通り巡って、ランド内限定のキャラクターグッズを漁っているうちにどっぷりと日が暮れた。
ディナーショーで夕飯を済ませるとパレードの時間が近づいてきた。

「あれがCAWAII」「これもCAWAII」と子供たちに負けず劣らずはしゃぐ台湾のエスコート兼荷物持ちをしながらも、日本はどこと無く上の空だった。
「フランスはあの後どうしたのだろう」
「せっかく休みを作って来てくれたのに申し訳ないことをした」
と言う考えから段々
「もしかしたら一人で時間を持て余しているのではないか」
「いや、彼なら一人で時間を持て余すくらいならその場で女性を調達するだろうな」
「今頃は素敵な女性とデート中なのかな」
「フランスは見た目も素敵だしエスコートも上手だから、女性だって満更ではないだろうし、誘われればホテルにだって…」
と、一人で思考を展開し、胸の中をイライラとモヤモヤで埋め尽くしていった。
「日本さーん!ほら、もうパレードの時間だヨ!」
無邪気に自分を呼ぶ台湾の声にふと我に返る。
「あ…、そうですね。では荷物をコインロッカーに預けに行きましょうか」
何を考えているのだ。と日本はそんな事しか考えられない自分を恥じた。
元はと言えば自分が台湾とのデートを優先したからではないか。
「あんなにいい人が譲ってくれた時間ダカラ、沈んでたらバチが当たるヨ!」
その台詞を心の中で反芻し、「よし!」と呟いてコインロッカーの鍵を引き抜いた。
「台わ…」
振り返った先に、見慣れた金髪が見えた。
「…え?」
嬉しそうに買い物の紙袋を抱えているフランスの横に、またも見慣れた黒い長髪を束ねたあの姿は…
「センセー!? 何してるのこんな所で」
日本が声をかける前に台湾が二人に歩み寄って行った。
「えええ!? なんで台湾がここにいるあるかー?」
「それはコッチの台詞ヨー! あー!もしかしてセンセーの家に今度聖リオピュアランド作るって言ってたから、本家の日本さんの所のを見に来たのー?」
その台詞に中国が大きく反応した。
「な、ばっ!そ、そんなことねーある!我は別に家にピュアランドなんて作らねーあるよ!へ、変な言いがかりは止めるヨロシ!」
「それはどういうことですか?中国さん」
溜息を一つついて日本が中国に問いかけた。
「にっ!…にほん?」
日本がいることを知り、更に慌てふためく中国。
「以前にもお話いたしましたが聖リオピュアランドをそちらのお宅に作るつもりはありません。それから許可なしに勝手に私の家のアニメや漫画のキャラクターを使った遊園地も作らないでくださいと言ったはずですよ?」
フランスは完全に空気となっていた。
「だ…っ、大体何でおめーらが一緒にいるあるか!? 」
台湾に暴露され、日本に痛いところを突かれたので中国も兎に角何とかしてこの場を煙に巻いて逃げようと必死になった。
「にっ、…日本は昔我と国交するなら台湾とは国交しないって約束したはずある!おめーらもしかしてヨリ戻して東シナ海封鎖するつもりあるか!? 」
「はぁ?言ってること訳わかんないヨ!」
台湾の眉間に皺が寄り、目が少しつり上がったのを日本は見逃さなかった。
「ヨリ戻すってどういう意味ヨ!? ワタシと日本さんは別に嫌いで別れた訳じゃないデショ! 誰のせいだと思ってるのヨ!」
温和な日本が育てたとは思えないほど台湾は怒りっぽい。
日本の場合は不愉快な発言を受けても「自分のは悪くなかったか」「この先のことを考えて今怒ることは損ではないか」と考えながら、さながら電源を入れたホットプレートのようにじわじわと腹を立てるのだが、台湾は島育ちでありながら大陸気質が強く、瞬間湯沸かし器のように一気に怒りを爆発させるのだ。
「他国(ヒト)の事とやかく言う前に自分のモラルをなんとかしてヨ!年長ぶってるくせに国として一番大事なトコ放ったらかしにして!」
更に痛いところを突かれ、中国は顔を紅潮させて歯ぎしりをした。
「うるせーあるうるせーある!てめーなんか今すぐ日本から出て行けヨロシ!! 」
ああ…、もうここまでくると誰も止めることはできないな、と、日本は静かにため息を付いた。
「おいおい日本、みんながこっち見てるんだけど…、アレ、どうにかなんない?」
今まで呆然と事の次第を見ていたフランスが日本に問いかけた。
「…無理ですね、ひとしきり燃え尽きるまであの爆発は収まりません」
諦め顔の日本。
「どうする?このままここで収拾がつくの待ってる?」
中国と台湾の罵り合いは更に加速している。北京語と広東語の罵声が響きわたり、更に台湾がグーで中国の顔を殴った。
「…逃げましょう」
そう言って日本はフランスの袖を引き、そろりとその場から消えようとした。
「どこ行くあるか日本!! 」
「日本さん!? 」
しかしあっさり気付かれてしまい、日本はチッと小さく舌打ちをしてフランシスの手を握ってパレードを待つ雑踏の中を走り出した。
「おい、ちょ…、日本!」
突然引っ張られてバランスを崩しながらも手を離さぬようにぎゅっと握りしめて引っ張られる方向に走り出した。
「待つあるー!にほーん!」
後ろから呼ぶ声がまだ近い。
大体中国と台湾の2人の喧嘩なのに何故自分が呼び止められるのかよく分からないが、逃げなければほぼ確実にとばっちりを食らうので兎に角逃げる。
二人はシアターの裏に逃げ込み、更にフェイントをかけてシアター裏を突っ切ってまた表の方に出た。
暗かったことや人が多かったこともあって、何とか振り切ったようだ。
「はぁ…、はぁ…」
膝の上に両手を置き、しゃがみ込んで息を切らす日本と花壇の柵に座り込むフランス。
暗い上に樹の影になっていることもあり、離れたところからだと二人のことは良く見えない。
「…はぁ…、な、何とか…、振り切りましたね…、はぁ…」
息も切れ切れにそう話す日本の表情は心なしか笑っているように見えた。
「あはは…、何というか…、いいですね、…こんな風に全速力で走ったりするのは…久しぶりです」
少し落ち着いたけれどまだ日本は肩を上下させながら呼吸をしている。
そんな様子を見てフランスはクスッと笑った。
「でも良かった…、本当は今日一日ずっとフランスさんのことが気になって仕方がなかったんですよ」
それを聞いてフランスはドクンっと一瞬動悸が上がった。
「…何で?」
普段なら
「いやー、嬉しいなぁ、お兄さんのことそんなに思っていてくれたのー?」
と言いながらさりげなくボディタッチをするところだが、何故かそんな気分になれず少し緊張しながらポーカーフェイスで聞き返した。
「せっかく家まで来てくださったのに、台湾の方を優先してしまって…、本当に申し訳ありませんでした」
そう言って日本は立ち上がり、フランスに深々と頭を下げた。
「……」
膝の上に肘を付き、頬杖を付きながらフランスはちょっと拍子抜けした。
「…それだけ?」
ついついそう聞き返してしまった。
「え…」
そう聞き返されて日本は返答に困ってしまった。
「そ…、その、…あの…」
まさか一人になったフランスが誰かをナンパでもしてるのではないかと気が気ではなかったなど恥ずかしくて言えない。
頬を染め、困ったように俯く日本に
「…その、何?」
少し意地悪に尋ねるフランス。
「…なんでも…、ないです」
日本はそう言って目を逸らし、それ以上は何も話さなかった。



パレードが近づいて来た。
煌びやかな光に包まれた和風のゴンドラに乗って聖リオのキャラクターたちが花魁や新造、禿の姿で客に手を振っているのが見える。
日本も顔を上げてパレードの方を見た。
「ねぇ、…キスしても、…いい?」
突然フランスが耳元でそう呟いた。
「え…?」
驚いて視線をフランスの方に向ける。
「日本と、キスしたい」
既にフランスの顔は日本の目の前まで近づいていた
どくん…、と心臓が大きく鼓動するのが聞こえた。
「駄目?」
そう聞き返すフランスの瞳は卑怯なほど官能的だ。
「だ………」
駄目、と言わなきゃいけないと思いつつ、そう言えないのは単に雰囲気に押されているだけではない。
本当は、日本もそれを求めているのだ。
…でもそれを認めるのが怖かったし、もし2人がお互いの気持ちを受け入れた後、ひょんな所から気持ちの相違点が出てきたとしたら…。
そう考える事が怖かった。
「こんな人が沢山いるところで…、破廉恥です」
どくん、どくん…、心臓の高鳴りは続く。
握り締めたこぶしの内側が汗ばんでいた。
「大丈夫、みんなパレードの方見てるから…、俺たちのことなんて気付かないよ」
フランスの右手が日本の下顎に触れる。
「………」
ここで駄目といってフランスの身体を突き飛ばす事は容易だった。
しかし、今日一日フランスの事ばかり考えていた日本にそんなことは出来なかった。
「………」
こんな時はどんな顔をしたらいいのだろうと思いつつ、日本はゆっくりと目を閉じた。



パレードが近づいて来る。
人垣の後でフランスと日本は手を繋いでそれを見ていた。
「もっと…近くで見ましょうよ」
2人でただ黙っているのが恥ずかしくなり、そう言って日本が繋ぎ合った手を引いてフランスと一緒に人ごみの中に入り込んだ。
パレードの音楽も、人ごみのざわめきもさっきまでよりずっと甘くやさしく聞こえる。
何人かの人にぶつかり、その度に「すみません」と軽く会釈をした。
でもどんなに人が沢山いてもこの手は離さない…。
日本は再度フランスの手を強く握りなおした。
フランスも日本の手を強く握り返した。




               【Fin】