壊 シベリア抑留奇譚
倭国 殉



汽車は走り続ける。
西へ、絶望に向かって。

……誰もが下を向いている。
本田菊も俯きながら、ちらり、と横目で外の景色を見た。

鬱蒼とした針葉樹林を抜け、今度は平原が続く。
遠くに湿地帯が見える、鹿や狐が北の国の束の間の夏を謳歌している。

この汽車の行く先は、誰も聞かないけれどみんな知っている
この世の地獄。
氷の大地、シベリア……
収容所に着くと、菊は皆とは別室に連れて行かれた。
先導する兵士が菊のことをたまにちらりと見てはニヤニヤ笑っている。

入った部屋は窓のない、日本の間取りで言って四畳半程度の暗く狭い部屋だった。
部屋のろうそくが灯される。
天井から滑車でつるされたフック壁にはいくつかの鞭がかけられていた。
まぁ、「そう云う部屋」である。
菊はこれから起こるであろう事を想像し、ため息を一つついた。

部屋に入ると手錠をかけられた両手を天井から垂れ下がるフックで吊られ、爪先立ちを強制された。
勿論、抵抗はしない。
ノックの音がする。
「こんにちは、本田君。」
にこやかに入ってきたのは2メートル近い長身の青年、イヴァン・ブラギンスキ。
一緒にいた兵士はイヴァンに敬礼し、部屋を出た。
屈託なく微笑みながらゆっくりと近づいてきて、突然、イヴァンは菊の腹に蹴りを入れた。
「……っ!」
フックの鎖が大きく揺れ、吐き気を伴う鈍痛が走る。
「うれしいなぁ、日露戦争以来だよね、君に会うの。
 君達がシベリアに来てたときは会えなかったもんね
 あれから僕も色々あってねー
 …あの頃みたいに甘くはなくなったかなぁ?て感じ」
相変わらず表情が読めない。
「…お、久しぶり…、です。」
痛む腹をさする事もかばうことも出来ず、菊はうなだれる。
今の彼は目の前の未知の恐怖から目を逸らす事しか出来なかった。
イヴァンが嬉しそうに云った。
「そうそう、千島列島はもらったよ」
「……!」
「アルフレド君も承知してのことだからね、今回は彼に助けてはもらえないよ」
蝋燭の揺れる灯のせいか、イヴァンの屈託ない微笑みに影が差し、一瞬口元がひどく歪んでそれがとても邪なものに見えた。
菊の頭の中は恐怖と絶望感で混乱していた。
…いや、落ち着け。
目を閉じ、ゆっくりと呼吸する。
今慌ててもどうにもなる問題ではない。
その様子を見たイヴァンは一瞬菊を睨んだ後またにこやかな顔に戻った。
「本来この収容所ではね、女性限定で別の仕事もしてもらうんだ。でも君はかわいいから特別にその仕事もしてもらおうと思うんだよ、」
そう云って菊の下あごを強引につかんで顔を寄せる。
「ね?いいアイデアでしょ?」
イヴァンの口元から微かにすえた、多分酒のにおいがする。

「そうだ、先ずは『君は僕のものだ』って云う『印』をつけなきゃね」
菊の軍服の合わせに両手をかけ、引き裂くように一気に引っ張った。
ブツブツと音を立てボタンが飛び散り、菊の上半身があらわになる。
イヴァンは部屋の隅にあった長い取手と蓋付きの重そうな箱をあけた。
「!」
中は炭で真っ赤に焼けている。
イヴァンは一本の、鉄で出来たコテをその中に突っ込み、焼けるのを待った。
「ちょっと熱いよ〜」
「……!」
「大丈夫だよね、日本人は我慢強いって言うし」
「や、やめっ…」
逃げることは出来ない、身をよじろうとするが、肩を掴れ、足を踏まれているせいでそれもままならない。
「……いい声で鳴いてね♪」
近づけられたコテの先には「Иван(イヴァン)」の鏡文字が浮き彫りにされている。
次の瞬間、ジュッ!という音と共に、肉の焼ける嫌な臭いが部屋に充満した。
「いーち」
「ぅぐっ…!」
「にーぃ」
唇を強くかんで耐えたが、あまりの熱さに耐えられなくなり叫び声をあげる。
「さーん」
「ぐぅ…っ!あ、あぁあーっ…!」
「しーぃ」
「ごーぉっ
 …綺麗に焼印になったかな?」
コテをはずすと菊の左鎖骨下にしっかりとИванの文字が黒く焼きついていた。
「うれしいなぁ〜、これで君はもう僕のものだよ。」

耳鳴りがする。
今まで自分が築き上げてきた「自尊心」や「自己同一性」が一気に崩れる音が頭の奥から聞こえてくる。
「…ぅう…」
腹を蹴られた痛みや、火傷の痛みのような物理的な痛みではない
「…ぅ、うあぁあぁぁあ…!」
胸を引き裂かれる苦しみに耐え切れず叫び声をあげた。
いつもの無表情な目から幾筋もの涙が流れ、床に落ちた。
普段の菊からは想像のつかないその動向に、イヴァンはとても満足だった。
 菊が正気を取り戻した頃合を見計らって、イヴァンは壁にかけてあった乗馬鞭を取った。
「僕はねぇ、君みたいな、『普段大人しそうだけど芯の強い子』が大好きなんだよ」
ヒュヒュン!と鞭を空振りさせる。
「そんな子を這いつくばらせてさ、取り乱して許しを請うまで陵辱するのがだーい好き」
その言葉が終わらないうちに、一発目を菊の脇腹に振り下ろした。
「ぅぐっ……!」
不意打ちの、切り付けられるような痛み。
長鞭は叩きつけるときの力は強いが、振り下ろすのに使う体力が大きく、また、アクションに時間がかかる上に、打ちつけた鞭は大抵標的に巻き着くので、吊り下げた標的を打つには不向きだ。
しかし、乗馬鞭は軽く、不意打ちでも攻撃出来、振り下ろした力がそのままダイレクトに鞭の先から標的に伝わる。
イヴァンはそれを熟知しているので、見た目や音が派手な長鞭より、乗馬鞭を愛用している。

 菊もただ打たれてるだけではなく、振り下ろされることが分かっているときは体に力を入れた。
そうするだけでも少しは痛みを緩和することが出来る。
しかし、イヴァンもその辺は熟知していた。
振り上げた鞭を戻してフェイントをかけ不意打ち攻撃を仕掛ける。
「ぅあっ!」
「…ぁあ!」
その度に菊の口から叫び声とも呻き声ともつかない声が漏れる。
それだけでも楽しいはずだけれど、イヴァンには何となく物足りない。
「やっぱりさ、長年戦争やってたら『こういうの』って慣れちゃうよねぇ」
イヴァンの指す『こういうの』は多分『拷問』の事だろう。
既ににイヴァンの興味は別のことに移っていた。

壁にあるハンドルを回してフックを下げる。
吊り上げられていた菊の手首が胸の辺りまで降りてきた。
手錠の鎖からフックが外される。
開放されるのか?
手首に着いた手錠の痕をさすりながら、つい、菊は希望的な予測をしてしまった。
「甘いよ」
不意打ちで足払いを喰らい、菊は転倒した。
床は土の上にムシロが敷いてあるだけ。
そのかび臭いムシロにしこたま顔を打ち付けた。

頭の上からカチャカチャとせわしない金属音が聞こえる。
ふと見上げると、イヴァンの下半身が露わになっていた。
さっきの金属音はベルトのバックルが揺れる音だったのか。
「…っ!? 」
髪を強引に掴まれ、ぐいっと引き上げられる。
目の前にそそり立つ白人の巨大な男性器。
それは江戸時代描かれた春画の、デフォルメされたでかまらよりまだ大きかった。
「くわえて♪」
菊は口を一文字に結び横を向いて小さく首を左右に振った。
「んふふっ、でもね、君に選択権はないの」
じりじりと壁際まで追い詰めた菊の後頭部を壁に押し付け固定した。
イヴァンは少し先の濡れた、肌の色とあまり変わらない色の肉棒を菊の口に押し当て、もう一方の手でその鼻をつまんだ。
「んぷ…っ」
鼻からの呼吸を止められた為、息が苦しくなるまで呼吸を我慢していたが、
耐え切れなくなってほんの少し口をあけたところにイヴァンはすかさずそれをねじ込んだ。
「ぅぐっ…、う、んんっ!」
口の中にあの独特な味と臭いが広がる。
「んん…、んんっ…!」
小さく首を横に振り、舌で、進入してくる熱を帯びた肉棒を拒む。
「うん、君の舌、キモチイイよ…、でもねぇ、僕は舌だけじゃなくて君の『咽喉』も味わいたいんだ。」
万力のような力で下顎をつかんで口を開かせ、その巨大な棒を菊の咽喉まで一気に突っ込んだ。
「うぐ…、が…っ、んんん…!」
むせるのを必死にこらえる。
手足をばたつかせ、無駄なのは分かっていても必死に抵抗した。
「ぅ…ん、いいよ、もっと…、そう、舌を使って…」
イヴァンは腰を使い始める。
先端が咽喉を塞ぐ度に呼吸が出来なくなる。
「ん、ん、そう…、菊…、最高だよ、君の口の中…」
イヴァンの呼吸が荒くなり、腰の動きが次第に早くなる。
ストロークが大きくなり、先端が唇から咽喉まで何度も何度も往復する。
「出すよ、出すよ!んんんっ、ちゃんと…、味わってね…!」
嫌だ!
菊は必死にイヴァンを引き抜こうとしたけれどむなしい抵抗に終わった。
「んんっ…・・・!」
どくどくと生臭い液が注ぎ込まれ、口の中一杯に広がる。
まだ咽喉に出されなかっただけましではあるが、そんなことを考える余裕は菊にはなかった。
「げぇ…!」
口の中の物を胃液と一緒に地面にぶちまけた。
「あーあ。」
幸い汚物がイヴァンにかかることがなかったらしく、彼の怒りが爆発することはなかった。
「しょうがないね、こういうことは慣れだから」
しかし、微かに声が上ずっている。
「時間をかけて躾なきゃダメだねぇ」
…多分、今のイヴァンの目は笑ってない。
菊は両手を地面につき、肩で息をしながらそう確信し、背筋に冷たい物が走るのを感じた。

『時間をかけて躾なきゃダメだねぇ』

菊の頭の中でその台詞がこだまする。
それはいったいどれくらいの長さなのだろう
自分はいつまでここに居なければならないのか

イヴァンは足で地面の砂を集め、吐瀉物に覆いかぶせた。
「気にしないで、ここは『そういう部屋』だから」
不意に後ろから抱きつかれ、そう耳元でささやかれて菊は背筋を凍らせた。
「ここはね、拷問部屋さ。
 帝国だった頃から、何千人もの反体制派や思想犯がここに送り込まれてきてこの部屋で拷問を受けたんだ。
 中には吐く奴もいたし、失禁、脱糞する奴もいたよ。
 部屋が血まみれになることもね。」
部屋の説明をしながら、イヴァンの手は菊のベルトを外し、下着ごとズボンをひき下ろす。
「だからこの部屋は板敷きになってないんだよ。板敷きだと掃除が面倒だからね。」
イヴァンは菊を抱きかかえ、黒い染みだらけの見るからに不衛生なムシロに腰を下ろす。
寝そべるイヴァンに菊が跨る感じになった。
「あ…」
イヴァンと目が合い、菊は顔を赤らめ躊躇する。
お互いの素肌が擦れ合い、その暖かさとくすぐったさにゾクッとした。

先ほど地面から1mちょっとの所まで降ろしたフックに再度両腕が繋がれる。
イヴァンは菊の口元の汚物を胸ポケットのハンカチでぬぐって、いつものようににっこりと黒く笑った。
「さぁ、これからが本番だからね☆」
お互い下半身裸で、このポジションということは、されることはひとつ。
菊はそれを考えると、心臓と胃が締め付けられるような気分になって、再度吐き気をもよおした。
「いつまで僕の膝に座ってるの?そんなに座り心地いい?」
にわかに云われて菊はビクンっと小さく飛び上がった。
「膝をついて」
云われたとおりムシロの上に膝をつき、腰を上げる。
「うん、そうそう。」
イヴァンは、その人差し指と薬指に自分の唾液をたっぷりつけた右手を菊の股にくぐらせ、秘所に塗りつけた。
そして再度そそり立った、自らの精液と菊の唾液でぬらぬら光る肉棒をそこに導く。
菊はきつく目を閉じた。

「君がするんだよ」
「!? 」
どういう意味か分からなかった。
「…え?」
「『君が』、『自分で』、『僕を』、『入れて動く』んだ」
「……!」
云われた意味を理解して血の気が下がった。
つまり、『自ら積極的に動いてこの体を犯されろ』という事。
…そんな事、できるわけがない。
「…い」
「Нет(いいえ)の返事は存在しないからね」
「………。」
その強制を受け入れられずにいると、突然左脇腹に電流がショートしたような痛みが走った。
「はやくしようよ、ね?」
イヴァンの右手にはまた、乗馬鞭が握られていた。
「ほら」「ほら」「ほら!」
続けざまに三発、今度は太腿に打ち込まれる。
菊はきつく目を閉じてゆっくりと腰を降ろした。
しかし、まだ一度も異物を受け入れたことのないそこは固く、イヴァンを受け入れない。
腰を少し捻ってみても、やはり無理だった。
「ほら!」
今度は下腹を打たれた。
「ぅあっ!」
痛みに腰を引いた時、今までに経験したことのない種類の痛みを感じた。
それは「挿入した」というより「刺さった」という方が的確な表現だった。
「…!」
イヴァンのモノが押し入るときの、肉を裂くような激痛と、ゆっくりと体が沈みこむ時の鈍痛。そして内臓が押し上げられるような心地の悪さで、菊の体に力が入らない。
「い…、いたぃ…!」
どうしたらいいか分からず、薄目を開けてイヴァンを視る。
「おめでとぉ、やっと入ったねぇ」
ご満悦の様子だ。
「でもこれで終わりじゃないよ?、動かないと気持ちよくないしね」
両腕で菊の腰を掴んで体を浮かせる、
「ひあっ…!」
そしてその手を離すと菊の体が再びイヴァンを飲み込んで沈んでいく。
「ぃたっ…!ぁあっ…!」
気持ちよくもなんともない。寧ろ嫌悪感しかない。
「痛い?ねぇ、痛い?」
尋ねるイヴァンの顔があまりにも嬉しそうなので、答える気にならず、唇をかんで目を逸らした。
ピシッ
イヴァンの乗馬鞭が菊の尻を打った。
「ぐっ!」
「早く動きなよ、いつまで経っても終わらないよ?
 僕はそんなに暇じゃないんだ。
 戦争が終わったからね、この後のことも考えなきゃならない。」
抗う気力はない、しかし、菊には動く気力もなかった。
「あぁ、そうだ、さっさと終わらせてくれないなら、焼印の数をもうちょっと増やそうかぁ?」
その台詞に、一気に全身の血が引いていくのが分かった。多分イヴァンにも。
「千島列島だけじゃなくて、北海道全部欲しいなぁ〜♪
 ねぇ、もらってもいい?」
勿論いい訳はない。
この期に及んで恥も痛みも考えている余裕はない。
菊の顔が死人のように無表情になった。
膝に力を入れ、腰を持ち上げる。
臓物の内壁が擦れ鳥肌が立つけれど、何処をも見つめずにまたゆっくりと腰を沈め、イヴァンを呑み込む。
白濁した体液に混じった鮮血が、サーモンピンクになって菊の内股を伝う。

考えてはいけない。
「やれ」といわれたからやる。ただそれだけ。
相手は自分が嫌がる事が楽しくてやってるんだから、嫌がらないことがささやかな反抗。
感情を止めるのはさして難しいことじゃない。
今までだってずっとそうしてきた。

なるほど、そう云うことか。
投げやりな菊の動きにイヴァンは内心ちょっとムッとしたけれど、それならそれで楽しみ方がある。
菊の腰の動きに合わせて、イヴァンも腰を動かす。
「!? 」
そうすることによってより深く挿入することが出来る。
無表情だった菊の顔に一瞬戸惑いの色が見えた。
最初は菊の動きに合わせてだったが、だんだんイヴァンの動きの方が早くなる。
「ふふ…っ、君の中、すごくいい…。病み付きになりそうだよ」
仕舞いには、突き上げた後、腰を微妙にゆすったり捻ったりしてみる。
「…ぁ…」
ビクン!と菊の体の奥の方が微かに震えたのが判る。
「や…」
菊の目が戸惑い、視線が定まらなくなる。
痛みや嫌悪感は今でも続いている。
しかし、イヴァンに深く刺されるたび、「何か」に触れる気がする。
その「何か」に触れるたび、腰や首筋にピリっと軽い電流が走る。
半勃ちだった菊のモノが、熱く固くなっていった。
「あ…、ぁく…、…嫌…やめ、…て……」
手錠に拘束された手で菊は顔を覆い、こめかみに爪を立てた。
「お願い…、嫌…、やめてください…、嫌…、嫌…」
その間も身体のいたるところに小さな電流が走り、それが頭の中をかき乱す。
「嫌じゃないでしょ?気持ちいいんでしょ?」
不意にイヴァンに声をかけられるが、否定出来ないので聞こえない振りで流した。
「もっと息を荒げて…、もっと快楽に心を任せて…、
 もっと受け入れるんだ、僕を…。
 …拒むことは…、…許さないよ……。」
イヴァン自身も息を荒げ、痣になりそうなほど強く菊の腰を掴み、激しい勢いで突き上げた。
菊はこめかみにきつく爪を立てたまま首を左右に振った。
「…嫌…だ、…あぁっ…!」
イヴァンの腹に快楽と欲望の証を吐き出し、菊は果てた。
同時にイヴァンも菊の中に果てた。
菊の中のイヴァンが大きく脈打ち、震えるのを感じた。
「………。」
菊の心の中の「何か」が音を立てずぷつりと切れた。
そしてそのまま演目が終わったマリオネットのようにだらりと首を垂れ、動かなくなった。
開いたままの瞳から涙が一筋、二筋と流れ落ちる。
その哀れみを誘う風貌にイヴァンは大満足だった。

フックから両手を開放され、菊は力なく地べたに転がっていた。
意識があるのかどうかもわからない。
「君自身は負けてしまったけれど、」
イヴァンは服装を正しながらつぶやいた。
「君の、この戦争での目的は…概ね果たされたね…」
その声に普段の少し間延びした調子がなかった。
「君の目的はアジア諸国を欧米の支配から確立する事…だね」

「今後、君は僕たち連合軍の支配下に置かれる事になる。
独立後、場合によっちゃ、アジア圏での、君の発言はとても重要な物となるだろうね
 君自身はアジアを制圧する気はないだろうけれど」
ちらり、と菊のほうに視線を向ける。菊は相変わらず無反応のままだ。
「つまりだ、」
聞いているのか判らないが、気にせずイヴァンはしゃべり続ける。
「王君と君を手に入れれば、アジアを僕の物にする事だって不可能ではないわけだよ。
 …勿論、それが判っているからアルフレッド君は僕をなかなか参戦させなかったんだろうけどね。」
身支度を終え、イヴァンはドアノブを回した。
「今度君に僕の『共産主義』を、骨の髄まで教えてあげるよ…」
外に出ようとして、あぁ、と思い出したように振り返る。
「それから、明日からは森林伐採の作業にも加わってもらうからね、
 今日は誰かが来るまで寝てていいよ、お疲れ様」
ばたん。ドアが閉められた。
窓のない暗く異臭のこもる部屋に一人、
菊はどうすることもできず、捨てられた人形のように横たわっていた。


<<終>>