暗闇心中相思相愛

                                   倭国 殉


いつもより少しだけ近い満天の星を見上げ、日本は小さく身震いした。
漆黒の闇に蒔絵のように光る砂粒のような星たち。
穏やかな波の音、ゆったりと揺れる足元、心地よい潮風が頬をくすぐる。
「…すごいですね…」
そう言って横に立つオランダの顔を見上げる。
オランダは誇らしげな顔で日本に微笑みかけ、そして西の水平線に視線を移した。
ここはオランダ貿易船、アムステルダム号のデッキ。
「ウチの船に乗せたるから来い」
と云われて、夕飯の後に家を抜け出した。
昔、オランダと外交を始めた頃に何度か乗った覚えがあるがあるが、夜の船は初めてだった。
オランダ船は港に入ることを許されていない。出島の沖に何ヶ月も停泊したままなのだ。
小船に乗ってオランダ船の横に着け、見張りのオランダ人に会釈して船内に入った。
中を色々と案内してもらい、デッキに上がった。
「………」
三百六十度海に囲まれた船の上で、日本は少し不安そうにオランダの上着の裾を握り締めた。

「我が国では、大きな船を作ることは禁じられているんです。この船が…泰を越え、天竺を越え、幾つもの海を越えて世界中を旅するのですね…」
日本も西の海を見つめた。
「………」
海上には幾つもの漁り火が揺れている。その幻想的な光景に思わず見入った。
「…連れてったろか?」
オランダが口を開く
「お前をこの船で…俺の家まで…」
そう言って視線を日本に向ける。その口元には笑みがなかった。
もしかしたら本気で云ってるのかもしれない。
日本は苦笑いしながら首を横に振った。

「……」
真顔のままオランダはじっと日本を見つめる。
日本が世界から引き篭もり、欧州の国の中からオランダとだけ交流するようになって二百五十年になる。
まさかオランダもこんなに長く日本を独占することが出来るとは思っていなかった。
途中、イギリスから海上封鎖を受け、船が出せなくなった事もあり、その間アメリカやデンマーク、ブレーメン(現ドイツ)がオランダの代わりに日本に来た事もあった。
又、オランダ船のふりをしたイギリス船が長崎に入り込み、オランダを人質にして略奪行為を行ったこともある。
オランダ以外の国と交流を持つきっかけは何度もあったのだ。
それでも日本が頑なに欧米の国々を拒み続けてきたと言うのは、オランダにとっても信じがたい事であった。
二百五十年の天下泰平。
それでだけでもオランダにとっては信じられない事である。
オランダが属する欧州で、二百五十年も戦争がなかった時期などありえなかった。
勿論その安寧を築く為に百年近くも戦争が続き、数多の血が流れたことも知ってはいる。
この平和は、戦国の時代に、日本が世界でも最上級の軍事国家であると世界に認められたからこそのものなのだ。
しかし、この穏やかな時代は軍事大国日本を文化大国に変え、その牙も爪も使い物にならなくしてしまった。
日本が軍事に関心を持たなくなったその間に、欧米は強力な武器をせっせと開発、量産して来た。
もし今、イギリスやロシアなどの軍事大国が日本に乗り込んできたら、日本はあっという間に占領されてしまうだろう。
日本との交流の独占を望んでいるオランダとしては、それだけは絶対に避けたかった。

「…どうしたんですか…?」
小さく首をかしげ、日本が問いかける。
「……何でもない」
柵にもたれ掛かり、煙管の雁首に刻み煙草を詰める。
携帯型の火種で点火し、煙をゆっくりと肺まで吸い込んだ。
「………」
夜の闇に白い煙が溶けていく。
…今回の来日はオランダにとって気が重いものだった。
上司から、日本に開国を迫るという命を受けていたのだ。
勿論オランダには全くその気はない。
今更自分以外の国がここへやって来て、自分が知らない取引を日本と行うなど、考えただけで胸糞が悪くなる。
日本は誰にも渡さない、それに日本だって開国する意思はないのだ。
上司は知らないだろうが、こう見えて日本は恐ろしく頑固だ。
自分でこうと決めたことは、たとえ命の危機が迫っても曲げようとはしない。
それが日本の強さである事は分かっている、しかし、産業革命以降のヨーロッパの最新の武器の前ではそんなものは通用しない事も分かっている。
「日本が自分から他国を受け入れれば列強国も無理を押し付けることはないやろ。
このままでいて、どっかに強引に開国を迫られてぽろっと弱味でも見せてみぃ、たちまちあいつらに食いモンにされてしまうわ。
…それでもええんか?」
上司の言い分は最もだ。
しかし、当の日本にはそんな危機感が理解出来ていないのだ。
せめて日本がこの島を出て自分と一緒に欧州に来てくれでもすれば理解してもらえるだろうに、と思わなくもなかった。
日本の腰ほどの高さのデッキの柵に手を置いて、漁り火を見つめる日本を後から抱きしめる。
「…!」
突然の事に驚いた日本が身体を反らして上を向き、オランダの顔を見上げる。
「どうしたんですか?」
身体をよじってオランダの方を向こうとするが、強く抱きしめられているせいでままならなかった。
「なぁ…、開国しねま」
昼間同じ事を云われた時は蒲団を被ってごまかしたが、今この状態ではどうにも誤魔化しようがない。
「………」
日本は黙って俯いた。
「俺が付いとるさけぇなんも心配ないんやわのぉ」
「………」
しかし、日本は何も返さない。
返事のない返事は想定内だ。
日本はもうこれ以上この件に関しては石よりも堅く口を閉ざしてしまうだろう。
…自分が守るしかない、最初からそう思っていた。
「日本…」
その名を呼びながら黒髪の垂れるこめかみに口付ける。
黒染めの絹糸のように、さらさらと細い髪からは伽羅(香木)の香りがする。
「…もうこの話は無しじゃ」
そう言って小さく笑い、日本の下顎をくいっと押し上げて上を向かせた。
「お前は…俺だけのモンじゃ。…ほやろ?」
そう言って唇を合わせる。
ぎゅっと抱きしめていた腕を緩める。
日本が身体をよじってオランダに向かい合い、少し背伸びをした。
「…んふ…、…んんっ」
繋がった唇からオランダの舌が侵入する。
日本の舌を絡め取り、ゆるく吸ったり、舌の裏側をちろちろと舐め上げると、時折日本の鼻からくぐもった小さな喘ぎ声が洩れた。
唇と唇が離れ、今度は耳たぶが責められる。
耳たぶから鎖骨に唇と舌を滑らせながらオランダは日本の着流しの帯を解いた。
「…あ…ん…」
腰の辺りがじんじんしてきて力が入らないので、日本は柵にもたれ掛かる。
「……ここで…、…するんですか…?」
頬を紅潮させ、少し俯いて日本が問いかける。
「たまにはこう云うんもええやろ」
そう言って襟を大きく開き、襦袢の紐も解いた。
日本の前にしゃがみ込み、六尺褌を外す。
「脚、閉じるなよ」
そう言って半勃ちになって半分先を覗かせたペニスの雁首をきゅっと握った。
「んんっ…!」
股間から背筋に短い電流が走り、日本は思わず腰を引いた。
カリの周りを包んでいる皮を剥いて、鈴口に舌先を落とす。
「ふぁ…!」
先走りの汁が鈴口からにじみ出る。
その汁を舐め取るように、舌先がちろちろと動く。
「…オラン…ださ…、…あっ…」
身体を小さな炎で炙られるような快感に、日本は背中を反らし、柵の横木をぎゅっと握り締めた。
オランダは舌先を尖らせたまま、今度は裏筋を先端から根元までゆっくりとなぞって行く。
先端は右掌で包み込んで小刻みに動かし刺激を与える。
「…うぅ、…ぁ…」
肩をすくめ、切なそうに声を殺しながら喘ぐ日本。
夜風に晒された下半身もオランダの愛撫にひくひくと震えながら淫靡な汁を垂れ流す。
膝裏から腰まで、ざわざわと何かにくすぐられているような快感とも不快感とも言い表せない感覚が広がっていき、足に力が入らず、膝が震えだした。
「…膝が笑ろうとるぞ、相変わらず敏感やのう」
そう言いながら、オランダは既に完全に勃起した日本のペニスを咥え込んだ。
「はぁ…、んっ…」
先程のキスで混ざり合ったふたりの唾液が、酸素を求め開けた日本の口元から伝い落ちる。
「…んんっ…!」
ふるふるっと首を横に振りぎゅっと目を閉じて俯いた。
掌より温かく柔らかいオランダの口腔が大きくストロークする。
その一点に神経と血液が集中し、快感と共に船酔いのような気持ち悪さも感じる。
「ふ…、んんっ…、お、ランダ…さん、駄目…」
膝を曲げ、腰を引いて少し前屈みになる。
オランダはそんな日本の様子にはお構い無しにストロークを少しずつ早く短くしていった。
「…あ…、…あぁっ…出る…、もう…!」
オランダの口内で日本の怒張がひくひくと痙攣し始めた、オランダは怒張から口を離し、再度右手でしごき始めた。
「…んんっ…!」
びくんっと赤黒く腫れたペニスが震え、オランダの掌に生温かい液を吐き出した。
「…はぁ…、はぁ…、」
制御不能な快感から抜け出し、肩と胸で呼吸する日本。
オランダはゆっくりと立ち上がり、左手で日本の右足を掴んだ。
膝裏に手を通し持ち上げる。
日本は左足と柵に持たれた腰で体重を支え、オランダに向かって大きく股を開く形になった。
日本の精液で濡れた手をその股下にくぐらせる。
薬指で菊座を探り当て、くすぐるように愛撫を始めた。
「…ぁん…!…」
達したことで少し冷静になった頭に再度快楽の電流が走る。
オランダは、菊門に指を挿入せず、指先で何度も孔を押したりその周りを撫でたりする事を繰り返した。
「ん…、んっ…」
少し苦悶の表情を浮かべ、日本が腰をよじる。
「どないした?」
そう言うオランダの口元は嬉しそうに口角が上がっていた。
「……っ」
眉間に皺を寄せ、唇を噛み、潤んだ目を反らす。
「ど な い し た ん や?」
日本の耳元でゆっくりと囁きながら、オランダは蟻の門渡りを薬指の腹でなで、何度も往復させた。
「んんっ…!」
足の先から腰までぴりぴりと静電気のような快感が走る。
先程果てて、収縮したペニスが再び頭をもたげ始めた。
「気持ちええんか?」
そう聞かれて日本は腹から胸にかけてきゅぅっと締め付けられるような苦しさを感じた。
「………」
無言のままゆっくりと頷く。
「エロい身体やのぉ」
そう言ってオランダがククッと笑う。
「……――っ!!」
急激に血が頭に上ってきて顔が熱くなるのが分かった。
「ココ弄られて気持ちええなんて、…変態やの」
そう言いながらオランダは日本の菊門に一気に薬指を突きたてた。
「…ああっ…!」
先程の精液が潤滑剤になっているおかげで痛みは殆どない。
「私は尻の穴を嬲られてよがる変態ですって言うてみぃ」
付け根まで埋め込んだ薬指を第一関節まで引き抜いた。
「…ひぁっ!、ぅ…、…くぅ…!」
日本は柵をがりがりと爪で掻きながら額に脂汗を滲ませ、喘ぎ声を殺す。
「ほら、言いねま!」
再度指を押し込み、中を掻くように動かしてみせた。
「あぁっ…!」
ビクンっと身体を震わせきゅっと尻に力を入れる。
「あ…、わ・私はっ…、……っ」
「尻の穴を嬲られて、や、ほれ、言いねま」
日本の耳元でそう囁く。
「ぅ…、く、…私は…、尻の穴をな…嬲られてよがる、へ…、変態です…っ」
ぎゅっと目を閉じて、吐き捨てるように言われた台詞を口にした。
「よっしゃ、ええ子やのぉ」
そう言ってオランダは日本の後孔から指を引き抜き、ベルトのバックルを外して下半身を露わにした。
既にはちきれんばかりにそそり立つペニスを指で慣らした菊座に押し当てる。
「く…っ!ぅ、…あぁっ!」
日本の腰を持ち上げ、一気に突き上げた。
体重の半分を支えていた左足も持ち上げ、背中が柵に強く押し付けられる。
「あ、駄目…落ちる…っ!」
腰が浮き、背中を反ったせいで日本の上半身が船の柵の外に出た。
柵の下は真っ暗な海だ。
風が止み、海面は凪いではいるが落ちたら大変なことになる。
「あ・あぁ…!駄目です!…落ちる…っ!」
目を閉じて錯乱する日本の腕を握り、オランダは自分の肩に掴まらせる。
「落ちとうなかったら俺にしっかり掴まっとけ」
そう言われ、日本はオランダの首に両腕を回してぎゅっとしがみついた。
オランダは両腕で日本の腰を掴み小刻みに動かす。
胸の辺りから日本の喘ぐ声が聞こえる。
「絶対離すな…、ずっと、…絶対やぞ…」
「…あ、…やっ…、怖い…、怖いですおランださ…っ」
雪駄の脱げた足袋だけの足でオランダの腰をぎゅっと挟み込む。
「……っ」
腰の動きは不自由になったが、密着間が上がり、深く繋がることでいつもとは又違った快感を得ることが出来た。
「…ぁ…、…あく…っ…、オ…オランダさ…」
ゆさゆさとお互いの腰を揺すり、ゆっくりと絶頂に向かっていく。
オランダの首に掴まる手が段々痺れて感覚が無くなって来たが、それでも離すまいと日本は歯を食いしばった。
それにより腹圧が掛かり、又それが快感に変わる。
「イクで…、えぇか…?」
オランダが息を荒げ、目を細める。
「…早く…イって…」
日本も二度目の絶頂を迎えようとしていた。
「おっしゃ…」
オランダは日本の背中を再度柵に押し付けて腰に強く絡み付いてた足を強く掴んだ。
両手で大きく脚を開き、自由になった腰で激しく突き上げる。
「ぅあ…、あっ…、ぁあっ…!」
突き上げられるたび、艶っぽく湿った声が洩れる。
「…んんっ…!」
「…――っ!!」
オランダは日本の中に果て、日本はオランダの腹の上に果てた。


「………」
暫く二人は作にもたれ掛かり、デッキに座り込んでいた。
雲のない空、星の瞬きをじっと見ていると正体の分からない怖さを感じる。
海は凪いでいるが、少し風が出てきた。
ふるるっと身震いをするとオランダが肩に腕を回して寄り添ってくれた。
「帰るか」
ぶっきらぼうな言い方は多分周りの人間に誤解を与えているだろう。
しかし日本はそんなオランダの声に、自分を守ってくれる優しさを感じ取っていた。
変わらなければならない、それは理解している。
でも怖い。
もう少しだけ、このままでいさせて欲しい。
それが我侭であることは重々承知している。
でもオランダがそれを許してくれるから、もう少しだけ我侭を言わせて欲しかった。

先にオランダが小船に飛び乗り、日本に手を差し出した。
日本の手を引っ張り小船に移す。
その後も暫くオランダは日本の手を握り締めていた。
――もしかしたら、また戦争になるやも知らん。
オランダは半ばその覚悟をしていた。
日本に攻め込むとしたら、多分それはイギリスだろう。
イギリスとはもう何度も戦っている。
国力が低下しているオランダがまた戦争をしても勝ち目はない。
しかし東インドと中国を盾にして、そして日本がこの天下泰平のまどろみから醒めてくれれば…
…そう考えなくもなかった。
「………」
しかし、オランダは更にその先まで読んでいた。
もし日本が覚醒すれば、それはヨーロッパ全体への恐怖に繋がるだろうと。
「…? オランダさん…?」
しかめっ面でじっと日本を見つめるオランダの顔を覗き込む。
「……何でもない…」
ざばざばと水音を立て、オールを漕ぐ。
小船は出島に向かってゆっくりと進みだした。
もう少しだけこうしていたい……。
交わす言葉もなく、日本でもオランダでもない広く暗い海の上で、二人は暫くの間寄り添って目を閉じた。




 <<終わり>>